久々に「塗り仏の宴」なんて気まぐれに読んでみたら鬱になった
まだ全然読み進んでいないんだが、文章が重いので目が疲れてくる
内容も別段読んでいて幸せな気分になれるわけでもない
むしろ離れてしまうくらいの勢いだ
でも、それがくせになってしまっているのだから、自分でもどうしようもない
読んで気分が沈むのがたまらなく好きなんだなぁ…、と思う
それはたぶん「忙しい自分が好き」な人と通じるものがあるんだろうな
結局自分はいつも同じなのに、周囲の環境などに合わせて表面的なところだけが変化しているんだろう
だから何をしていても常に冷静な目で、例えばはしゃいでいたり沈んでいたりする自分を見ている自分を感じることができるのではないか
なんてことを考えている自分を、覚めた目で見る自分がいて、さらに、覚めた目で自分を見る覚めた目の自分を覚めた目で見ている自分がいて…、というのが合わせ鏡みたいに繰り返されているんだろう
合わせ鏡はすごく不思議だ
まだ全然読み進んでいないんだが、文章が重いので目が疲れてくる
内容も別段読んでいて幸せな気分になれるわけでもない
むしろ離れてしまうくらいの勢いだ
でも、それがくせになってしまっているのだから、自分でもどうしようもない
読んで気分が沈むのがたまらなく好きなんだなぁ…、と思う
それはたぶん「忙しい自分が好き」な人と通じるものがあるんだろうな
結局自分はいつも同じなのに、周囲の環境などに合わせて表面的なところだけが変化しているんだろう
だから何をしていても常に冷静な目で、例えばはしゃいでいたり沈んでいたりする自分を見ている自分を感じることができるのではないか
なんてことを考えている自分を、覚めた目で見る自分がいて、さらに、覚めた目で自分を見る覚めた目の自分を覚めた目で見ている自分がいて…、というのが合わせ鏡みたいに繰り返されているんだろう
合わせ鏡はすごく不思議だ
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